玉田まゆ子公式サイト

2018年4月30日 | カテゴリ:ブログ , 玉田まゆ子のぷれしゃすな日々

午前4時の座瞑想。

心理療法家の玉田まゆ子です。
先日行った午前4時の座瞑想の体験を記します。
4月21日にラージャヨガのお話会に参加した際に、
シスター・ラジニベンの素晴らしいお話の中に、
瞑想するなら午前4時がいいと聞いていたからです。
 

 
前日、早々にベッドに入ったので、
ちょうど午前4時前に目が覚めました。
なので、思いがけず、
一度試してみたかった
「午前4時から座瞑想」を行いました。
 
胡坐で手は膝の上、手のひらは上に向けます。
そして静かに呼吸に気づきます。
 
さすがの午前四時、限りなく静かです。
 
はじめは、自分でも意外なほど、雑念が浮かんできました。
普段瞑想する時よりももっと浮かんできました。
 
今、考えている日常的な雑念。
つまりやろうとしていることについてのイメージです。
具体的に言うと、洗濯をしなきゃとかゴミの日だなとか、そんなことです。
「ああ、私は雑念を感じてる」
「ああ、私はこういうことをやらなきゃって思っているんだな」と
ありのままに受けとめます。
 
経験上、ここで「雑念を感じてはいけない」と思う方が
雑念が消えないような気がします。
 
その雑念思考の層を越えると、
次は身体の感覚を感じ始めました。
絨毯とお尻が接している感じ、
胡坐の足の感じ、
背筋は意外とまっすぐをキープできているようです。
そのうち、左腕の痛みを感じます。
ここのところ、ずっと左腕が痛いのです。
 
身体の感覚を感じ切ると、
また別の層に下りていく感じがします。
 
なぜか
左耳だけにシーンとした音が聞こえて来ました。
静かすぎる時に感じるあの音です。
 
この音を感じるといつも
三好達治の「雪」という詩を思い出します。
 
 
 
太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

 
夜の雪景色が浮かんできます。
それは静かで深い雪景色です。
 
そして、また、左耳のシーンだけが聞えて来ます。
どんどん深い意識の層に降りていく感じがします。
 
そうして、しばらく時間が経ったような感覚があり、
静かに目を開けました。
時計をみるとちょうど午前5時。
ああ、1時間が経過していたんだなぁと気づきました。
感覚的には15~20分の感じです。
今回は背筋が揺らぐこともなく、
自分のいびきで起きることもありませんでした。
すっきりとした感じがあります。
良い体験でした。
 
また、休日前に早く寝て
午前4時瞑想をしようと思っています。